スクラップド・プリンセス
Story



王国から狙われている少女パシフィカは、兄姉とのあてどのない逃亡の旅の途中、昔世話になったおばさんと出会い再会を喜ぶ。だがおばさんは、パシフィカが、マウゼル教によって忌まわしき存在とされている廃棄王女であることを知っていたのだ…。

脚本     吉田玲子
絵コンテ   増井壮一
演出     浅見松雄
作画監督  岸本誠司/石井祐美子



「考えるな、感じるんだ」・・・有名なブルース・リーの『燃えよドラゴン』での名セリフ。『すてプリ』の一話を見て、この言葉が思い浮かんだ。

ビデオ、DVDの普及により映像のテンポアップが進み、アニメ作品の設定が複雑化した現在。連続シリーズの第一話は、観客の目を引きつける為の派手なシーンを散りばめながら、同時に作品設定を説明しなければならないため、どうしても慌しく、詰め込みすぎになる事が多い。

だが、『すてプリ』の第一話では、安易にセリフやナレーションといった言葉で説明する事なく、キャラクターの芝居で観客を作品世界に引き込んでいく。


パシフィカたちの無言の表情、ほんの一瞬の目線の動きから、作品世界を覆う「空気」が醸し出され、モニターのこちら側にいる我々にも伝わるのだ。観賞する際には、何か他の事をしながらの「ながら見」ではなく、作品そのものをじっくりと味わって欲しい。


本作品の重要な設定である「廃棄王女」についても、ナレーションや回想シーンではなく、ドラマの流れの中で少しづつ明かされていく。

さらにこの一話でも強く打ち出されている“廃棄王女”としてのパシフィカの苦悩。彼女にとって、真に辛いのは殺し屋に狙われる事ではあるまい。それまで仲良くしてきた友人や、家族のように親しくしてきた人が、ある日突然、自分に恐怖と憎悪の視線を向ける事・・・。現実世界でも、差別や偏見は極悪人によってもたらされるのではない。普段は良き親、よき隣人、よき市民である人々が、突然、憎悪の視線を被差別者に向けるのだ。それが差別や偏見の恐ろしい所である。

自分が廃棄王女であると知られた瞬間、 それまでの人間関係が崩れ去り、その存在を無条件に否定される・・・。パシフィカの苦しみは、そこにあるのだ。 自分の存在を無条件に否定されるのが廃棄王女としての恐怖なら、逆に、そんな自分を無条件に肯定してくれる存在・・・。ラクウェルとシャノンが、彼女の希望である。 子はなぜ、親を慕うのか。人はなぜ、家族を求めるのか。それは「自分を無条件に肯定してくれる存在」を求めるからである。パシフィカがシャノンとラクウェルの「妹」であるためには、血縁は関係ない。二人が無条件に自分の存在を肯定し、守り続けてくれる限り、彼女は「妹」でいられる。そして三人は、「家族」でいられるのである。



Pagetop

本サイトの画像・文章の無断複製・転載を禁止します。
© 2003 すてプリ製作委員会