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山賊に襲われる三兄妹。楽勝な相手だが、そこに通りかかった少年が勘違いして彼らを助けようと申し出る。彼は騎士見習のレオ。パシフィカに一目惚れしたというレオは、元騎士のドイルに教えを乞おうとはるばる旅をしてきたというが…。
脚本 増井壮一
絵コンテ 増井壮一
演出 粟井重紀
作画監督 芝 美奈子
シャノン達が盗賊を軽くあしらうオープニング。コミカルに処理されているが、三兄妹にとって襲われる事が日常と化している事がわかる。 その後、“半熟騎士”レオとの出会いを経て、湖畔に辿り着いたパシフィカたちが水浴びするシーンにホッとする。廃棄王女という重い宿命を背負い、世界中に追われる過酷な運命。だが若き男女が一緒にいれば、そこに青春はあるのだ。最も、この後とんでもない事態がパシフィカを襲うのだが。
さて、この第二話ではゼフィリスとレオという、二人の新キャラクターが登場する。謎が多い存在であるゼフィリスについては後に語るとして、今回はレオ君に着目してみたい。
本名レオポルド・スコルプス。タスコ領領主である男爵家の長男であり、王宮騎士団『アンヴァー・ナイツ』への入団を目指して武者修行中。パシフィカに一目惚れしてつきまとい、場の空気が読めずトンチンカンな発言をするあたりは典型的なコメディ・リリーフだが、騎士を目指しているだけあって意外と常識人。一見、突飛に見える彼の行動は、性格や価値観が破綻しているせいではなく、人として騎士として、まさに彼が“未熟”な所に起因するのだ。
“騎士になるための武者修行”といえば威勢がいいが、それも一種のモラトリアム(猶予期間)である。モラトリアムとは「自分は一体、何者なのか。長い人生を、何をして生きるのか」を確立していない若者が、社会に対する責任や義務を免除される期間。 わかりやすく言えば、働かずにブラブラしていても「まぁまだ若いから、今はいろんな事をやんなさいよ」と許される時期のこと。人はこのモラトリアムの間に様々な体験、学習をし、精神的にも社会的にも成長する。そして「他に代わりのない自分」を確立し、社会へと出て行くのだ。
教育制度が確立した21世紀の日本とは違い、『スクラップド・プリンセス』の世界では、誰も彼もがこの“モラトリアム”という時期を生きられる訳ではない。肉体的に成長してしまえば、精神の成長は関係なく労働力として社会に貢献しなければいけないのだ。自我を確立する前に共同体の中に組み込まれ、自分で決めた生き方ではなく、古くからその地に伝わる生き方に従うだけなのだ。
レオ君は、男爵家という特権階級に生まれたがゆえ、武者修行という名のモラトリアム を生きる事が許されたのだ。(修行中は金に困ってピーピーしているらしいが・・・) あらゆる意味で“いい所のボンボン”なレオ君。だがそれは決して悪い事ではない。モラトリアム=武者修行の過程で様々な経験が出来るレオ君だからこそ、旧来からの風習や価値観にとらわれず、自分の目で見た物を、自分の頭で考え、自分で判断する事が出来るようになる・・・。すなわち、「成長する」事が出来る。一見すると「騎士になること」以外の生き方がないように見えるレオ君だが、彼は未来に対し幅広い選択肢を与えられているのだ。
この第二話では、憧れていたドイルに騎士道への疑問を投げかけられ、レオ君は深く落ち込む。今まで絶対だと信じてきた価値観がゆらぎ始めているのだ。それは同時に、彼の成長のチャンスでもある。がんばれレオ君。負けるなレオ君。たとえ君がどんな選択をしようとも、それは何の疑問も持たず、言われるままに騎士になるより素晴らしい事なのだ。
カンの良い方はお気付きのように、パシフィカもまた「16歳になった時、世界を滅ぼす」というモラトリアムの中を生きている。彼女のモラトリアムについて語るのは一筋縄ではいかないので、番組を見た皆さんがそれぞれ考えて欲しい。 「騎士道とは何か」・・・。答の出ない問いを胸に、モラトリアムを生きる二人が夜空を見上げるエンディングも、また青春の1ページである。『スクラップド・プリンセス』の世界をレオ君の視点から見ると、また別の物語が見えてくるだろう。
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