スクラップド・プリンセス
Story



王国軍の攻性魔法によりスキッドが破壊され三兄妹はばらばらになってしまう。なんとか二人のことを見つけようと王都の中を歩きまわるシャノン、ラクウェル。その頃パシフィカは、とある青年の家に居候し今までとはうってかわった日々を過ごしていた…。




川沿いの下宿屋で「神田川」よろしく同棲生活を送るパシフィカとフューレ(サブタイトルも「川のほとりの二重奏」だし・・・)。一方、王国軍は移動要塞スキッドの接近をギアット帝国の侵略とみなし、反撃の機運が盛り上がっていた。それに反対したバロネスは特務部隊長官の任を解かれ、ルークがその後釜となる。 「奈落」の攻撃を受け、離れ離れになったカスール三姉兄妹は王都ザウエルで生きていた。混乱の中でラクウェルはベルケンスと、シャノンはシーズと再会する。

記憶を失い、パメラと名付けられたパシフィカ。着替えを見てしまったフューレに手当たりしだい物を投げたり、フューレに「料理すりゃドヘタだし、掃除すりゃ丸く履くし、お茶をわかしゃヤケドするし」と言われるなど、その行動パターンは変わっていないようだ。銭湯で湯船に使った時の「う〜ん、極楽極楽」というババくさいリアクションに“らしさ”が出ている。

前回から登場したフューレの風貌や立ち振る舞いが、どこかシャノンを思わせるのが興味深い。フューレに対するパシフィカの「ジジくさいとこ、どーにかしなさいよ」という台詞も、シャノンに対するそれを思わせる。そんなパシフィカに対するフューレの対応も、素っ気無さの中に優しさを垣間見せるあたりシャノン的だ。記憶を失いながらも、パシフィカはフューレを相手に、かつてのシャノンとの日常を再現しているのかもしれない。「廃棄王女」という呪われた宿命から解放されて・・・。

前回のラスト。偶然通りかかったフューレの後をパシフィカがついていく辺りも、第七話でのシャノンとスィンの出会いを連想させる。同じようにパシフィカを探すシャノンの後をシーズがつきまとう。今回はパシフィカを狙う呪われた存在となっているのが皮肉である。必要ならば人々の命を奪う事もいとわないシーズに対し、「本当に死んだんだな・・・。スィンは」と呟き、「化け物め」と言い放つシャノン。

パシフィカのアルバイト先の劇団にはキダーフがいた。かつて命を狙ったパシフィカに対し職を与えるだけでなく、彼女の正体がバレないように配慮するキダーフ。町で見かけたパシフィカを追い、キダーフと再会したレオとウイニアは、自分たちの正体を隠して劇団に雇ってもらう。自分を取り巻く人々が、かつての知り合いだと気づかないパシフィカの笑顔がせつない。

そしてもう一人、意外な人物が再登場。第九〜十話に登場したレナードの営むソバの屋台で、パシフィカはラクウェルと再会する。だが、パシフィカはフューレの元から離れる事を拒む。その理由を「親とか言われても、私、何も覚えてないし」と言うパシフィカ。記憶を失っていても、今までの過酷な生活に戻る事を、本能に近い部分で拒んでいるのかも知れない。

同じようにラクウェルの心境も複雑だろう。愛するパシフィカを自分の元に取り戻したいのは勿論だが、それは彼女を「廃棄王女」としての呪われた日々に引き戻す事を意味する。「このまま廃棄王女とみんなに知られないまま、誕生日が来れば・・・」と呟くラクウェル。彼女自身、それが叶う可能性の低い夢とわかっているのが切ない。

さて、ここからは筆者の個人的な感想である。第十四回のコラムで、男性の中にある理想の女性像=アニマと、女性の中にある理想の男性像=アニムスについての話をした。パシフィカがシャノンと似通ったフューレに安息を覚えるあたり、パシフィカの持つアニムス像がうかがい知れる。またラクウェルと再会した際、ラクウェルも彼女自身のアニムス(すなわち父親)に近い存在であるベルケンスと一緒にいたのも興味深い。

また以前のコラムでは何回かモラトリアム・・・人間の成長のために必要な猶予期間・・・の話をした。レオにとっては「武者修行」が、クリスにとっては「バロネスの養子」というのがモラトリアムなのではないか、という話である。同じように十五歳の少女として青春期を送るパシフィカも、モラトリアムの中を生きている。筆者はパシフィカの「廃棄王女」という肩書きが、一人の女性として成長するためのモラトリアムに密接に関係すると考える。

パシフィカは「廃棄王女」という存在に縛られ、常に「一個の女性」としての存在を否定されてきた。もちろん「廃棄王女」という肩書きは彼女が自ら望んで得たものではなく、他人に押し付けられたものである。彼女は人間=パシフィカとしてのアイデンティティを取り戻すために辛い旅路の中で「ウイニアの友達」「レオの憧れの人」「スインの姉」という、「廃棄王女以外のアイデンティティ」を獲得してきた。そしてゼフィリスやセーネスと出会う事により、自分がピースメイカーの支配から人類を解放する存在、《プロヴィデンス・ブレイカー》である事も知った。だが、「廃棄王女」であろうと、「プロヴィデンス・ブレイカー」であろうと、一個の人間としてのパシフィカの人格を無視している事に変わりはない。

キダーフやラクウェルの言う通り、記憶をなくし「廃棄王女」という呪われた宿命を忘れていた方が、パシフィカは幸せなのだろうか?他者から与えられた「廃棄王女」および「プロヴィデンス・ブレイカー」という存在と対面し、その決着をつけなければ彼女のモラトリアムは終わらない。他者にあてがわられた型に押し込められるだけで、自分の存在の意味を自分で見極める事が出来ないのだ。これもまた、彼女の過酷な宿命である。




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