スクラップド・プリンセス
Story



廃棄王女の潜伏先をつきとめた王国軍による総攻撃がはじまった。ピースメーカーも最後の攻撃をしかけてくる。迎え撃つドラグーン、クリス、セーネスたち。そんな中、廃棄王女を中心として異変が起こり始める。そして眩い光が世界を覆い始めた……。


人はなぜ、人を殺してはいけないのだろうか。 それは人間が、他者との繋がりで生きていく生物だからである。 人を殺すという行為は、殺される側の存在を社会から抹殺する。そしてまた、殺した方も社会との繋がりを断ち切られる。 仮に殺人が罰せられない世界があったとしたら・・・。そこは、人間同士の信頼関係が成立しない世界であり、そこには人と人との繋がり・・・。すなわち「社会」は形成されないのだ。 人が人を殺してはいけないのは「殺された人が可哀そう」「殺された人の家族が悲しむから」といった感情的な理由ではなく、殺す側も含めて、人と人との繋がりが維持できないから。すなわち「人」が「人」として生きていけなくなってしまうからなのだ。

人はなぜ、家族を持つのだろうか。 ここでいう「家族」とは、血縁による関係に留まらず、第一話のコラムでも書いた通り「互いの存在を絶対的に肯定しあえる関係」を指す。 それは家族が、人間が生きていくための「繋がり」の「最小単位」だからである。 いずれの民族において尊属殺人の罪が重いのも、近親相姦が禁忌となっているのも、それらの行為が「人が生きていくための繋がりの最小単位」を破壊してしまうからである。

家族殺しや近親相姦に関わらず、最近話題になっている「親離れできない子供、子離れ出来ない親」といったトラブルは、家庭内に留まらず、家族の一人一人が外の社会と正常な「繋がり」を形成していく上で、重大な障害となるのだ。 

殺人や家族関係の破壊は、人にとって最大の禁忌である。 だが、これらの禁忌は、「大義名分」によって正当化される。 そこでかかげられる「大義」とは、時に国家だったり、民族だったり、思想だったり、宗教だったりする。 人はかかげられた「大義名分」のためだったら、戦争で人も殺すし、家族も捨てる。 だが、「大義をかかげて正当化しなければならないような行為」は、本来は「人が生きていく上でしてはならないこと」ではないだろうか?

パシフィカとその家族の戦いは、「大義名分」との戦いだった。 マウゼル神という宗教。そしてラインヴァン王国という国家。 そういった「大義」のために、生まれたばかりの赤ん坊を捨て、そして15歳の少女を世界の果てまで追い詰めて殺す。通常ならどの民族でも禁忌とされる行為を正当化する者たちとの戦いだった。 そして、パシフィカを追う全ての者たちが「大義」とかかげたマウゼルの神シリア。 人類を生存させるため、封棄世界に閉じ込めた彼女。その行動は、一見すると「人類を尊属させるため」という大義によるものかと思われたが、その実は「自分の愛する弟と妹を守る為」という、人間の基本となる感情に起因していた。

「私は二人に生きていて欲しかった・・・。ただ、それだけなの」

弟と妹を失った後となっては、人類を守るという大義は、シリアに取っては何の意味もなかったのだろう。 弟妹を失い、人類を守るという大義のため五千年を孤独のうちに過ごしたシリア。 神と崇められた者が最も孤独で空虚な刻を過ごしてきたという皮肉。 彼女こそ、この世界で最も不幸な存在ではなかったのだろうか?

シリアに封棄世界を存続させるべきかどうかを問われたパシフィカは、「だって私、人類とか世界のことなんて・・・」と言いよどむ。 そんなパシフィカに対し、「あなたが感じたままでいいの」と言うシリア。 大義名分ではなく、誰にも強制されない、パシフィカ自身の考えを聞きたいという事だろう。 その言葉を受け、パシフィカは「もし間違った道を選んだとしても、それは自分で選んだ道だし、自分で選ぶ事が出来るってことだから・・・始めから選ぶ事が出来ない世界は、やっぱり間違ってると思う」と言い放つ。 このパシフィカのセリフこそ、「すてプリ」という作品が持つテーマを言い表しているのではないだろうか。 そのパシフィカの言葉を受け、粒子と化して消えていくシリアに向かい、「ちょっと待って!ごめん、今の無し!」というパシフィカ。 ただ相手に自分の「考え」を押し付けるだけではなく、それによって損害をこうむる相手の事を慮る。地味ながら、パシフィカの性格が良く出たシーンだ。

封棄世界が解放され、驚愕する人々の心にシリアの声が響く。 「マウゼルは天上ではなく、あなたの中にあります・・・」 この瞬間、人々は、自分の歩む道を自分で決断する自由と同時に、それに伴う責任を追う事になったのだ。

「すてプリ」とは、「家族」が「大義」に勝った物語である。 それはすなわち、「自分の意志で他者との繋がりを守ろうとした者」が、「自分の考えを持たず、他者の判断に追随する者」に勝った物語である。

大切な人を守るために、自分の身を投げ出す事。 自分の家族を信じ抜く事。 判断を下す時は、自分の目で見て、考える事。 自分の考えを押し付けるだけではなく、他人の気持ちを思いやる事。 正しくないと思う事を、自分の考えで拒否する事。 無力な者が、あきらめずに頑張る事。 そして、どんな時も、生きていたいと願うこと。

人が他人との繋がりの中で生きていくために必要な事・・・なのに、普段の慌しい生活の中で忘れがちな事。それを思い出させてくれたスタッフ・キャストの皆さんに感謝して、このコラムを締めくくりたい。

なお本編終了後に、今回の為だけに製作されたDVDのCMスポット「最終回バージョン」と折笠富美子さんによる提供ナレーションが流れた。この半年間「すてプリ」を応援して下さった視聴者の皆さんに対する、「すてプリ製作委員会」、そして当作品に関わったスタッフ・キャストからのささやかな挨拶である。



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